2025.07.22
さようなら渋谷陽一
ロッキング・オン・グループの
代表取締役会長で音楽評論家の
渋谷陽一さんが亡くなってしまった。
ロッキング・オン渋谷陽一さん死去 74歳https://t.co/orPVbtheuQ
7月14日未明に死去。2023年11月に脳出血を発症し、療養していたが、今年に入り誤嚥性肺炎を併発したという。1972年に20歳で音楽雑誌『rockin’on』を創刊。音楽評論家・編集者・ラジオDJ・フェスプロデューサーなど多方面で活躍した pic.twitter.com/vc476xKkY7
— ORICON NEWS(オリコンニュース) (@oricon) July 22, 2025
私のブログを読んでくださっている方で
渋谷陽一さんをご存じの方が
どれだけいるか分からない。
ご存じだというならそれは恐らく
私と同年代か少し上で
青春時代に洋楽ロックを
貪るように聴いた方ではないかと思う。
私がロッキング・オンを
初めて買ったのは高校3年生の時。
当時は邦楽ロック人気が
加熱し始めた時期で
やたらアーティストをヨイショする
かったるい雑誌が幅を利かせてた。
(どれとは言わないけど)
そういうのに違和感を感じていた時
本屋の音楽雑誌コーナーで
たまたま見つけて立ち読みして
「なんだこれは」と衝撃を受け
以後毎月買うようになったのが
ロッキング・オンで
その編集長が渋谷陽一さんだった。
音楽評論家 渋谷陽一さん死去 74歳「ロッキング・オン」を創刊
▶記事では1975年放送の動画もhttps://t.co/OE6C7fyhzl #nhk_video pic.twitter.com/XtzBk3vNHU
— NHKニュース (@nhk_news) July 22, 2025
何に衝撃を受けたのか、
なかなか上手く言えないけれど
ヨイショもしない。
偉そうな評論もしない。
純粋にいちリスナーの視点で
アーティストがその作品を
生み出すに至ったバックグラウンド、
精神的な葛藤、人との出会いなどについて
徹底的に掘り下げていって
アーティストと作品に対する
理解、リスペクトを深めていこうとする
アプローチが私の心を揺さぶったのだ。
彼の書く文章やラジオでのトークは
青春から大人への過渡期にあった
私の考え方や物の見方に
とてつもなく大きな影響を与えた。
そのおかげで
音楽を含むポップカルチャーが
人生をとても豊かにしてくれたし
人との関わり方にも影響があったはずだ。
たらればの話だが…
彼に出会わなければ
全然違う考え方や物の見方だったし
友達を選ぶ基準も違っていたし
妻と結ばれなかったかもしれない。
ロッキング・オンを読まなくなって
もう20年以上経つだろうか?
清志郎が亡くなった時に出された追悼号
掲載されてる全インタビューを渋谷陽一がやっている。かなり初期から関係性を築いており清志郎も心を砕いて話されている。この本を編集したのは山崎だろうけど、本屋で手に取った時の清志郎と渋谷陽一の怨念のような禍々しさを感じたのをしっかり覚えている。 pic.twitter.com/2mBJwjYFua— nico (@nico40984150) July 23, 2025
今回の訃報に触れて
X(旧Twitter)に流れてきた
彼が過去に書いたいくつかの記事を
久し振りに読んでみたが
いつも傍らに彼の存在があった
あの頃の記憶が鮮明に蘇ってきて
懐かしさを覚えたのと同時に
大いなる喪失感に囚われた。
享年74歳。
早すぎる。
まだまだやりたいことが
山のようにあったはずだ。
月並みだけれど
彼がこよなく愛した
レッド・ツェッペリンを聴きながら
彼の功績を偲びたいと思う。
渋谷陽一さん、
本当にありがとうございました。
心からご冥福をお祈りいたします。